VSS活用事例 株式会社タチエス
シート設計・開発における試作工数とコスト削減を目指したCAEの活用
シート製造快適性評価シミュレーション
使用ソフト:VSS (PAM-COMFORT)
国内外の自動車メーカーへ向けてシートを提供する「自動車シート一貫メーカー」、株式会社タチエス実験部 高木様、CAE 評価課 井上様・岡野様・内野様に、自動車用シートの設計や衝突安全対策について伺いました。
(株)タチエスについて
(株)タチエスは、自動車用シートの開発~生産までを一貫して手掛け、日産自動車・本田技研工業・トヨタ自動車・三菱自動車工業・日野自動車・UDトラックス・いすゞ自動車・吉利汽車といった国内外の自動車メーカーへシートおよびシート部品を提供する、独立系シートメーカーです。
タチエスは、自動車に乗るすべてのお客様に「信頼」と「感動」を与えられる商品を目指し、1954年の創業以来、半世紀以上にわたりシートづくりを行ってきました。また近年では、多様化する世界中のユーザーからの要望へ対応できるための基盤強化として、アジア・北米・中米・南米・欧州等 世界各国へ新しく拠点を設立しさらなるグローバル化を展開しています。
自動車用シートについて
自動車の内装部品で最も大きな部品といえるシート。
シートとは人と車を結びつける部品であり、ドアを開けた瞬間に目に入るだけに、デザイン性は欠かせません。また、触感、質感、座り心地等の快適性、運転しやすさ、視界の見えやすさ等の人間工学的設計、シートの高さや角度調整・アームレスト等の機能性、そして万が一の衝突に備えた時の安全性、路面等から入ってくる車体の振動を不快に感じさせない乗り心地、長年に亘って使用しても壊れない耐久性等、何気なく座っている自動車のシートは、幅広いいくつもの設計要件を考慮して設計・製造されています。
シートの構成
自動車のシートは、一般的に基本骨格となるフレームと、ウレタン(クッション材)、トリムカバー(表皮材)で構成されます 。金属の基本骨格に、シートバック(背もたれ)、シートクッション(座面)、ヘッドレスト(頭部の支え)、リクライニングアジャスタ(角度調整)、シートレール(前後調整)等の各パーツをアッセンブリーすることで完成します。
また、一重にシートといっても、車のカテゴリ・キャラクターによって求められるシートのデザインも座り心地も変わってきます。
例えば、セダンのような高級車であれば、表皮は本革が使われ、ソファのように包み込んでくれる高級感が要求されます。また、ミニバンのような多くの人や荷物を乗せるための車であれば、後部座席、荷室空間の使い勝手を考慮した様々なシートアレンジが要求されます。
【こぼれ話】 スポーツカーのシートはどうして硬い?
スポーツカーは何より走りの性能を磨かねばなりません。又、カッコが良い事も大切です。であれば、低重心、低車高、軽量化は必然と云えるでしょう。その為にシートも薄く、軽くする事が前提となります。同時に、ワインディングロードを爽快に駆け抜けるシーンでも(高い旋回Gでも)きちんと乗員を保持する剛性感も要求される訳です。これらの事からスポーツカーのシートは硬めで、しっかり系のテイストが多い訳です。また、路面状況を的確に把握するためにも振動を伝達する上で有利な硬いシートとなっている側面もあります。
ラグジュアリーカーでは柔らかめで、ゆったり系が多いですが、これらとは一線を画す訳です。この他にも、安全性も重要なファクターです。ユーザーの購買意欲を高めるにはデザイン性も重要となってきます。タチエスのスポーツタイプシートでは、これらの要求性能を高次元で実現しています。
シート開発における課題とCAEの活用(VPS/VSS導入背景)
シートメーカーは、自動車メーカーからの要求仕様(安全性能、外形形状、素材、色 etc)を受け、その仕様に合うシートを企画・設計開発します。
近年、自動車業界におけるシート製造プロセスでは、世界各地の仕向地に合わせた仕様を用意する必要があるためにモデルやシートバリエーションが増加する一方、開発サイクルの短縮が求められます。また同時に 車両の安全性における要求レベルは上がり続け、開発コストとの両立を図る必要があり、シートメーカーはいくつもの大きな課題を抱えています。
タチエスは、このような高い要求レベルに対応すべくCAEを活用した設計・開発に着目し、以前から活用していた衝突・乗員安全性能評価 VPSに加え、2010年からシート製造・性能評価統合ソリューションVSSを導入しました。
◆ VPS (Virtual Performance Solution ) とは
強度剛性・振動・衝突安全・機構運動など多領域の解析ソフトウェアを包括した、「製品性能評価のための統合ソリューション」です。
タチエスでは、衝突・乗員安全性能評価ツールとして、“CRASH”ソルバーを導入しています。
◆ VSS (Virtual Seat Solution ) とは
シート組み立て工程から快適性評価までの一連プロセスを静的・動的にシミュレーションする、「シート製造・性能評価統合ソリューション」です。
■開発コスト削減、期間短縮に向けたシミュレーションの導入
自動車メーカーが新型車を開発する場合、シートだけでも安全性・商品性・耐久性などの広範囲に亘って試験を実施します。この中には実車とダミー人形を使用した衝突安全評価試験もあります。この試験では、衝突試験時のダミー人形の傷害データを計測することにより、個々の車種別にその衝突安全性が評価されます。この試験評価(NCAP)は、1979年よりアメリカで実施され、各地域により、JNCAP(日本)、EURONCAP(ヨーロッパ)等同様の試験が実施されています。この各国のNCAP試験はユーザーに市場で販売されている自動車の安全性の目安として公表されており、自動車の認証試験の安全基準より厳しい基準で実施されます。国によってはこの評価により保険料に差が出る場合があります。
このような試験で高い評価基準をクリアし、ユーザーへ確かな安全性を届けるため、自動車メーカーもタチエスのような自動車部品メーカーも、設計→試作→実験→設計修正の工程を繰り返します。
■ シミュレーションにより試作工数とコスト削減
衝突・乗員安全解析においてCAEを活用するまでは、過去の設計に於ける知見や手動計算で予測をたて、試験基準を満たすシートを完成させるために設計と実験を繰り返していました。
さらなる限界設計・開発期間短縮・試作費削減を目指し、それまで行っていたプロセスにVPSを加えたことで、より短時間で安全上の課題発見、設計修正を行い、試作段階の質をかなり高いレベルに上げられるようになりました。
1脚のシートの中には、多いものでは300以上の細かい部品で構成されており、試験項目も安全性・商品性・耐久性など数100項目もあるため、シミュレーションを活用して設計できることで、開発時間が大幅に短縮されました。
《活用事例》 鞭打ち軽減のためのシート設計
衝突時に発生する頸部傷害(鞭打ち)の軽減は、シート設計において重要な課題です。
近年、JNCAPにより後面衝突頸部保護性能試験(後面衝突による頸部傷害軽減に関連した試験プログラム)が発表されました。規定された試験を行い、頭部および頸部の加速度・荷重から傷害値を算出し、0 ~ 12点で評価します。更にこの12点満点の評価結果を5段階に分けて評価されます。その他の車両のさまざまな試験結果を含め、車両全体としては星マーク1 ~ 5個で評価されます。(5個が最高点)そのため、シートメーカーは、自動車メーカーから、この傷害値に関して高い予測精度が求められます。
■タチエスでは、JNCAPの後面衝突頸部保護性能試験のフローチャートに沿って、シートモデルアッセンブリー工程から静的・動的性能評価まで、VSSおよびVPSを用い実施しました。
Step1. シートアッセンブリー
Step2. 3Dマネキン※1 +HRMD※2着座位置測定
Step3. BioRIDⅡダミー※3の着座解析
Step4. BioRIDⅡダミースレッド解析(⊿V20km/h)
Step1. シートアッセンブリー工程のシミュレーション
Step2以降の結果を精度よく予測するためにはシートモデルを詳細に模擬する必要があります。そのためにStep1において、トリムカバー・ウレタンパッド等の部品を詳細にモデル化し、シートアッセンブリー工程のシミュレーションを行います。これにより、シートアッセンブリー工程時に生じるトリムカバーやウレタンパッドの内部応力までも模擬することができます。
以上により、ダミーを着座させた際の姿勢・Hポイント※4を正確に予測することができます。
Step2. 3Dマネキン+HRMDの着座位置測定
Hポイントおよび、頭部とヘッドレストとの位置関係の測定は、3DマネキンとHRMDを用いて実施します。このプロセスでは、3Dマネキン+HRMDで着座解析を行い、Hポイント・トルソアングル※5・バックセット※6位置を測定します。
Step3. BioRIDⅡダミーの着座解析
Step2.で測定した寸法を用いて、BioRIDⅡダミーの初期姿勢を定義します。このプロセスで静的な着座解析を行い、その結果を用いて動的スレッド試験シミュレーションの初期着座姿勢を定義します。
Step4. BioRIDⅡダミーのスレッド解析
BioRIDⅡダミーの頭部および頸部の加速度・荷重から傷害値を算出し、評点を求めます。
■ VPSとVSSの連成効果
自動車シート設計のポイントは、「動く乗り物に設置される」椅子であるということ。だから、単純にシートの“座り心地”が評価基準をクリアしても、車が動いた状態での性能が出ていなければダメ。一方、シートの衝突性能評価も、人が乗っている状態で評価する必要があります。VSSを使用してダミーの着座姿勢を正確に予測することにより、その先の衝突安全シミュレーションの予測精度が向上し、試作レスを目指す中の大きな一歩となりました。
CAEを活用したシートづくりと、今後の可能性
―実験部CAE評価課 課長 井上様に、CAEを活用したシートづくりと、VSSの今後の可能性について聞いてみました。
■ 生産工程をイメージできること
CAEを使ってシミュレーションするには、まず生産現場を見ることですね。どんな工程を経てシートが完成するのか、その工程の中でどんな課題があるのか。
コンピュータの中ではスムーズに流れている作業も、実際現場に行くと、作業者が無理な体勢で作業をしていたりします。また、部品によっては多くの工程を経て部品を成型している場合もあります。その工程を実際に見ることで、机上で作業していても、頭の中で色んな可能性をイメージすることができる。現場をイメージできることは、CAEエンジニアにとって大切なことあり、また、同様にCAEを提供する側であるイーエスアイにも、現場のものづくりを知って欲しいと思っています。
■ さらに細かいシートモデルで予測精度を向上
VPSやVSSの活用としては、さらに細かいシートモデルを作っていくと、シート設計においていろいろな可能性が見えてくると思います。但し、計算資源の問題や開発プロジェクトへのタイムリーな対応を考えると、全てを細かくモデル化すれば良いという訳ではありません。その中で、イーエスアイには、今後もVSSの活用における提案や、継続した技術サポートを頂きたいと思います。
タチエスの次世代シート骨格 「TTKフレーム」
タチエスでは、2012年に、安全・軽量・コンパクトを追及した標準シート骨格「TTKフレーム」を発表し、国内外の自動車メーカーの様々な車種へシート提供しています。
※T(タチエス)T(提案)K(骨格):タチエスが各自動車メーカー様へ提案しているシートフレーム
■ 標準シート骨格 誕生の背景
自動車のシートは、車種により要求される機能や性能が異なります。従来は車種ごとの要求仕様に合わせて個別に骨格を設計していましたが、「TTKフレーム」では、あらゆる機能・性能を包含できる基本骨格を設けていくことで、一部の部品を変えるだけでさまざまな種類のシートを実現できるようになりました。
例えば、座面高さを調整するシートでは手動か電動かで取り付ける部品が違い、従来はこれらの違いに対しサイドフレーム(座部/背もたれ部の側方に位置するフレーム、下記写真の矢印部)の設計も変更していましたが、どちらへも対応できるようサイドフレームを共通化しました。
TTKフレームでは、このような様々な個別設計の課題に対し、基本骨格を設け一部の部品を変えるだけで様々な種類のシートに対応できることで、生産時間の短縮・コスト削減を実現しました。
シート設計・開発という仕事について
-自動車が子供の頃から好きで、自動車に携わる仕事がしたいと思いタチエスに入社したという、実験部 CAE評価課 内野様に、シート設計・開発というお仕事について聞いてみました。
シートは自動車のドアを開けて最初に目に入る部分なので、デザイン性も重要だし、また、運転手にとって常に体と接触する部分でもあります。それだけにシートづくりという仕事にやりがいを感じるし、確かな商品性を持って最高のシートを届けたいと思っています。日本だけでなく海外でも、自分が開発に携わったシートで運転している人たちがいると思うと凄くやりがいを感じます。設計と実験を重ねたシートが製品化され送り出される時は本当に嬉しいし、日常生活の中で見かけると、目で追ってしまいます。これからも、安全で快適な乗り心地にとことんこだわって、良いシートづくりに貢献したいと思います。