VA One 導入事例 マツダ株式会社
マツダ株式会社の事例をご紹介します。
振動・騒音解析ソフトウェア
使用ソフト:VA One
マツダ株式会社 車両開発本部 NVH性能開発部 NVH性能先行技術開発グループ 西川明廣氏、伊藤美和氏、山本晃平氏にVA Oneを導入した経緯とその効果について詳しく聞きました。
マツダ NVH性能開発部 について
マツダ NVH性能開発部は音響や振動を分析し、『NVH』、Noise, Vibration, Harshness(音響・振動・乗り心地)の実現と向上に取り組む部門」となります。特定車種の量産を前提としてNVHの改善に取り組む同部門は、設計部門と製造部門の中間に位置する分析改善部門ともいえます。ここで得た知見や分析結果は設計部門と製造部門の両方にフィードバックされます。
「 静粛」とはどういう状態か
― 本日は高い静粛性が特長である新型CX-5を題材に、マツダが推進している「静かなクルマづくり」についてお聞きしたいと思います。まず、マツダが目指す「静粛な状態」とは、具体的にどのようなものですか。
走行中の車にはたくさんの音が入ってきますが、例えば、クルマの走行音であるタイヤ音や風切り音、周辺の環境音である生活音、宣伝音などは「不必要で不快な雑音」にあたります。
ただ不快であっても救急車やパトカーのサイレン音、踏切の警報音などは「聞こえなくてはならない音」ですし、車種によっては、エンジン音は不快な雑音ではなく「聞かせたい音」になります。
一方、車内での会話、オーディオ、スイッチ操作音など、クルマの中の人、機器が発する音も「明瞭に聞こえるべき音」といえます。
我々が目指す「静粛な状態」とは、このような「不必要で不快な雑音」をできるだけ聞こえないようにし、「聞こえなくてはならない音」、「明瞭に聞こえるべき音」がハッキリ聞こえるという状態のことです。
CX-5での静粛性向上の工夫
― CX-5では静粛性の実現のためにどのような工夫をしているのでしょうか。
大きくは、下記3つのアプローチを取っています。
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音そのものを小さくする
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音を車内に入れないようにする
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入ってきた音は吸音する
「音を小さくする」とは、エンジン雑音を小さくする、タイヤと地面の摩擦音を減らす、風切りを少なくする、など音の発生そのものを抑えるという発想です。
特に風切り音については、車体の凹凸を極力無くし、走行中に空気が車体表面をスムーズに流れるよう図りました。一例がワイパーの取り付け位置の改善です。クルマの表面ではワイパーが最も異物感が高く、空流を乱す原因となります。CX-5ではワイパー取り付け位置を凹形状にし、ワイパーをそこに収める、直接風に当たらないようにしました。
外部音の遮断
― アプローチ2、「音を車内に入れないようにする」とは。
エンジンやタイヤの騒音を車内に侵入させないよう、クルマの周囲を密閉します。新型CX-5では、「荷室下部のスペアタイヤ収納部分とボディーの間を発砲目地材で埋める」、「その荷室マットと側面のトリムの隙間も詰める」など、細かい処理を積み上げて“隙間ゼロ”を目指しました。
なお音を遮断するには、周囲をある程度の質量のある壁で囲うという手法もありますが、高燃費の実現のために軽量化が必要なクルマでは、この手法は使えません。むしろ既存の重量を最大限に生かして遮音することが求められます。
侵入音の吸収
― アプローチ3、「入ってきた音は吸音する」とは。
主には、車内の要所に吸音材を張って侵入音を減衰するというアプローチです。
人間の可聴帯域は、20Hzから20KHzで、大きくは500Hzを境に低周波と高周波に分かれます。クルマ本体の騒音は、ガソリンエンジンは2KHz、タイヤ音は1K、風切り音は3K付近がそれぞれピークです。これら1KHz以上の「高い音」を吸音することで静粛性を高めようとしています。
吸音材は多く張りすぎても高重量と高コストにつながります。そうならないよう、車内での音の伝達経路を分析、シミュレーションし、必要な場所に集中的に吸音材を張ります。極論すれば、4人掛けのクルマの場合、4人の耳の位置だけ静かになれば良く、車内すべての場所が等しく静粛になる必要はありません。最小量の吸音材で最大効果を引き出せるよう計画します。
クルマには後部座席の近くにエクストラクタと呼ばれる「空気の抜け穴(管)」があります。エクストラクタの役割は、ドアを閉め
たとき空気を逃がすことと、走行中に換気を行うことです。
このエクストラクタがあるということは、そこから外部の騒音が侵入してくることを意味します。そこでシミュレーションを行い、エクストラクタから車内に音がどう伝わるのか、その伝達経路や音響特性を分析・把握し、その経路付近に集中的に吸音材を配置します。
吸音材には音を吸い込んで減衰させるほか、音を反射させない、つまり残響音(エコー)を抑えるという効果もあります。残響音の有無は会話の明瞭度に大きな影響があります。
残響音の低減
― 残響音は会話にどんな影響を与えるのですか。
大きくは残響音が減ると会話の明瞭度が向上します。人との会話は、相手の声がその人の口元からハッキリ聞こえるのが快適な状態です。一方、残響音(エコー)とは、音が別の場所に反射して聞こえることであり、これが強いと音源以外のノイズが強くなり、明瞭度が低下します。
残響音の有無は、クルマに乗り込んでドアを閉めたときの静粛性にも影響します。
ドア閉め音が車内に反射していつまでも残響し続けると、安っぽい印象になります。静粛感を向上するためにも適切な吸音が必要です。
ここまで静粛性の向上、「静かにすること」について説明してきましたが、実はクルマでは、積極的に聞かせたい外部音が一つだけあり、それはエンジン音です。
聞かせたい音といけない音の選別
― エンジン音は不快な騒音であり、カットするべきなのでは?
クルマ愛好家にとって、エンジン音は不快な雑音ではなく、運転する喜びを感じさせる「よく聞きたい音」です。欧州のブランド車では、長年、同じようなエンジン音を維持している車種があります。おそらくエンジン音を意識的に“調律”しているはずです。
エンジン音のうち「聞かせたい音」は、500Hz以下の低周波に多く含まれています。一方、クルマ本体が発する不快音、つまりタイヤ音、風切り音、そしてエンジン雑音は、いずれも1KHzを超える高周波帯にピークがあります。ということは、これら不快音を遮断しても、心地よいエンジン音を車内に取り入れることができます。
聞かせたいエンジン音が、タイヤ音や風切り音等のカットしたい音と同じ周波数帯域にあったとしても、同時にカットされることはありません。エンジン音とタイヤ音では、車内を伝わる経路が違うため、タイヤ音・風切り音の伝達経路だけ吸音材を貼れば、その部分だけ遮断できます。
吸音材を使った騒音対策へのシミュレーションの適用
― 吸音材を使った騒音対策にシミュレーションは不可欠ですか?
できるか/できないか、という実現可否だけに着目するなら、シミュレーションは不可欠ではありません。なくても何とかなります。
通常、シミュレーションは「実際の調査・計測が困難な分野」で重用されます。衝突安全性を実調査するには、実際にクルマをぶつけて破壊する必要があり、そう何度もできません。ただ、音響検査は、空中の音波を測るという行為なので、そうした困難はありません。
しかし、それでもなお騒音対策にシミュレーションは必要です。シミュレーションを行わない場合、「できたとしても水準以下」、つまり高コストで高重量、無駄が多い設計になりやすいからです。「吸音できさえすれば良い」のではなく、最小の吸音材で最大の効果を発揮する「最適な」吸音を実現したいなら、シミュレーションは不可欠です。
また、現実には実施が非常に困難な行為、たとえば「あるエリアの透過音をゼロにする
等、劇的に変化させる」、「あるエリアの反射音を全周波数域でゼロにするなど最大化する」などの試行を手軽に行えることも大きなメリットです。
静粛性は、何か単一の処置で一気に実現することはなく、分析→予想→試行→結果計測
のサイクルを繰り返しながら、理想の形に近づけていきます。短時間に何度も仮想試験が繰り返せるシミュレーションには、大きな価値があります。
試験により得た知見は、単なる結果オーラ イで終わらせるのではなく、その良い結果が生じた要因を調べれば、次の試行をより効果的・効率的に実行できます。この要因分析でもシミュレーションは有用です。
また実車での音響計測では、0.1dBの微妙な差を詰めていくことが困難ですが、シミュレーションの世界では理論値として、いくらでも細かく値を追求できるのも利点です。
私見ですが、日米欧ではやはり欧州車が最も静粛性が高いと思います。欧州では、国から国へクルマで長期旅行する乗り方も多く、その長い道中を快適に過ごすために静粛性が求められるのでしょう。欧州車の優れた静粛性は、シミュレーションが登場する何十年も前からの継続的な取り組みによるものです。
静粛性向上の歴史と蓄積で先行している欧州車に対し、私たちはキャッチアップする立場にあります。それにはシミュレーションをフル活用して、小さな解析を何百、何千、何万回と大量に速く行う必要があります。
VA Oneによる騒音シミュレーション
― VA Oneではどのようなシミュレーションを行っているのでしょうか。
具体的にVA Oneは、内装材の実装状態における騒音低減効果の評価に用いています。まずコンピュータ内で仮想的な車体を構成し、評価対象の吸音材を配置します。その後エンジン音やタイヤ音、風切り音となる外部入力を仮想的に設定し、車内騒音がどの程度の値になるのかシミュレーションを行います。
この際に、吸音材の配置、量、材料(吸音力)などのパラメータを変えてシミュレーションを行うことにより、車内騒音レベルから吸音材の騒音低減効果の評価を行うことができます。
この解析ではSEAという計算手法を用いています。これは計算速度が速い(すぐに計算が終わる)というだけでなく、外部入力からのパワー伝搬経路の把握を行うこともでき、吸音材の配置を検討する際にも役立てています。
また、マツダでは吸音材の最適設計のために「最適化モジュール」、風切り音に特化したシミュレーションを行うために 「AVAモジュール」も積極活用しています。
最適化モジュール、AVAモジュールへの評価
― 「最適化モジュール」の利点を教えてください 。
最適化モジュールとは簡単にいえば「自動シミュレーション機能」です。
初期設定をした後、ソフトウェア側で複数のパラメータを自動的に変更しながら計算を繰り返し、最適な解を導き出し、これら複数の解を「たたき台」とし、その後はエンジニアが詳細な検討、本質的な改善を行います。
先ほど述べたとおり吸音設計はある意味、「回数勝負」ですが、それには莫大な時間と工数が必要になります。そこで、「下ごしらえ」の部分はソフトウェアに自動計算させ、エンジニアは「仕上げ」を行うとプロセスが合理的です。
現在マツダでは、簡単なモデルで吸音材の確認・検証に用いています。例えば、単純な板に、吸音材を設置して厚み変数を設定し、その吸音効果の確認に活用しています。
そして、今後のさらなる技術課題や、効率化・低コスト化などに対応するためこの最適化モジュールを活用していく予定です。例えば、吸音材の材料厚み・設置面積・材料値を変更パラメータとし、全体の厚み、重量、価格等の上限を設けることで自動車まるごと1台分の解析も、最適化モジュールを使えば可能になります。
― 「AVAモジュール」はどのように使っていますか。
「AVA(Aero Vibro Acoustic)モジュール」は、CFD(流体解析)で計算された走行時の窓ガラスの表面圧力結果をSEA手法での入力に変換するモジュールです。この入力を行うことで、風切り音による車内騒音の影響や、吸音材の効果を確認できます。
従来、風切り音における車内騒音の解析は行われておらず、CFD計算から得られる窓表面の圧力分布のみで車室内の騒音をエンジニアが推定していました。現在ではこのAVAモジュールを使用し、風切り音に対する車内騒音対策検討を進めております。
最適化モジュールとAVAモジュールで採用しているSEA(統計的エネルギー解析)手法は、計算時間が早いという特性があり、上手く使えば一晩で300回以上の計算を実行することも可能です。
つまり、朝出社すると、300パターンの中から最適解がVA Oneから提供されていることになります。
先行ユーザーからのアドバイス
― 現在、VA Oneの活用を検討している企業に向けて「先行ユーザーとしてのアドバイス」などあればお聞かせください。
私は「ちょっと気になる」ことがある場合は、理論的な結果を確認するために、単純な四角の箱でモデル化し、単純なパラメータを与えて、数分程度でさっと解析することにしています。このように、ラフな検討が手軽に行えるのは、SEA方式の大きな利点だと思います。
今後の期待
― 日本イーエスアイへの今後の期待をお聞かせください。
マツダは、引き続き、より静粛なクルマづくりを推進していきます。日本イーエスアイにはそうした私たちの取り組みを、優れた技術とサポートを通じて後方支援いただくことを希望します。今後ともよろしくお願いします。